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高付加価値サービス創出支援事業

事例紹介 ー 株式会社金子製作所 ー

“プチイラ”を事業化せよ
―70年企業が挑むオープンイノベーションの現在地

黒いジャケットを着た女性が、店内のカウンターの前に立って微笑んでいる様子。背景には地球儀やコーヒーミルが見える。
株式会社金子製作所 副社長の秋山朋子氏

さいたま市産業創造財団では、「高付加価値サービス創出支援補助金」以外にも、さいたま市内の企業のオープンイノベーションを加速するため、新規事業のアイデア創出やビジネスモデル構築のためのワークショップ、メンタリングといったソフト面での支援を提供する「高付加価値サービス創出支援事業」を展開しています。
本支援を活用した企業のひとつ、株式会社金子製作所は、1956年創業、精密切削加工一筋で医療・航空宇宙というハイエンド分野を支えてきたものづくり企業。昨年度は同事業の「個別支援」に参加し、社内の小さな着想を具体的な事業構想へ落とし込むための伴走支援を受けました。インタビューに応じてくれたのは副社長 秋山朋子さん。難加工を誇る町工場が、なぜオープンイノベーションに挑み続けるのか―その理由と展望を伺いました。

「自社ならではの価値を形にしたい」という思いから始まった、異業種連携の試み

まずは、金子製作所株式会社さんの事業内容を教えていただけますか?
秋山さん:1956年創業で今年70年。創業期はカメラのシャッター部品を手がけ、そこから医療用内視鏡の部品加工へと展開しました。
一社依存リスクを避けるため40年前に航空宇宙分野にも参入し、現在は医療と航空宇宙という二本柱で事業を展開しています。「難しい・面倒くさい」に敢えて取組み、完全受注生産で高精度部品を届ける――それが当社の立ち位置です。
オープンイノベーションへ取り組まれたきっかけを教えてください。
秋山さん:2009年のリーマンショックで受注が激減し、国内市場だけに頼る限界を感じました。そこで2010年、準備もそこそこに海外展示会へ出展したところ、当社の加工技術が海外でも通用することを実感し、幸運にも2010年にはドイツ企業との取引も始まりました。
とはいえ、為替の影響などで海外取引も継続的とはいかず、「金子製作所ならではの価値を形にしたい」という課題意識が芽生えてきました。そうした中、中央大学の先生にお声がけいただいたのが“裸眼で立体視できる3D技術”。自社の主力である切削とはまったく異なる分野でしたが、その提案が当社にとって初のオープンイノベーションの扉となりました。
正直なところ、中小企業には新しいテーマやネタを自力で生み出すのは簡単ではありません。そんな中で「これをやってみたら?」と外から声をかけてもらえることは、まさに突破口だと感じました。自分達が思いつかないような視点をいただけたことで、事業の幅が少しずつでも広がる可能性を感じ始めました。
最初のオープンイノベーションの試みの成果はいかがでしょうか。
秋山さん:正直なところ、最初に取り組んだ裸眼3Dのプロジェクトは、事業規模や収益性の観点から、当社単独でビジネスとして完結させるのは難しいものでした。けれども、この挑戦を通じて得た副次的な成果は大きなものだったと感じています。
たとえば、2017年日独共催の世界最大のIT国際見本市「CeBIT」に出展させていただき、事前に日本で開催されたドイツ大使館での交流会にも参加。幸運なことに、展示会場でメルケル独首相や故安倍首相と握手して頂くという貴重な体験もできました。こうした国際的な舞台に立てたこと自体、切削加工一本ではなかなか得られなかった機会だと感じています。
また、従来から出展していた海外の医療機器展でも、「裸眼3D」の展示が目を引き、今まで興味を持たれにくかった当社のブースにも多くの方が足を止めてくださいました。まさに“客寄せパンダ”のような役割を果たしてくれたことで、思いがけない方々と接点ができ、新たなネットワークの広がりにもつながりました。
結果的には、直接的な利益には結びつかなかったかもしれませんが、採用面でもこの経験に関心を持って入社してくれた人材がいたり、「自分たちにもこういうチャレンジができるんだ」という自信を社員が持てたりと、会社としての幅を広げることができたと実感しています。

イノベーションは才能ではなくトレーニング

オフィスで机に向かい、身振り手振りを交えながら話している女性。背景には航空機エンジンのパネルが見える。
今回、高付加価値サービス創出支援事業に参加した経緯や課題感について教えてください。
秋山さん:以前から、「思いついたアイデアをどう事業化すればよいのか」と悩み続けていました。過去にも試みはありましたが、実現に至らない理由が自分の中で明確にならず、手応えを感じられないまま時間だけが過ぎていくという状況でした。
そんな中で、支援事業の案内をいただき、「何が足りず、どうすれば形になるのか」を体系的に学び、整理したいという思いから参加を決意しました。これまでの経験を一度棚卸しし、事業化に向けた道筋を明確にしたいという課題感が大きかったです。
実際に参加されてみて、率直な感想を教えてください。
秋山さん:これまで「イノベーションは必要だ」と漠然と感じていましたが、支援事業に参加して、「新規事業=企業の生きる力を伸ばすこと」という言葉に深く納得しました。企業の寿命が短くなる中で、生き延びるためには挑戦をやめてはいけない、という危機感も強くなりました。
実際に、アイデアを事業化していく手法を学びながら、何度も試行錯誤を繰り返すことの大切さを痛感しています。やはり頭の中で考えているだけでは、何も前に進まないんですよね。今回の支援を通じて実感したのは、具体的な手法を学びながら、それを何度も繰り返していくことの大切さです。一度でうまくいくなんてことはありませんし、最初はうまく言語化できなかったアイデアも、繰り返しアウトプットしていく中で少しずつ形になっていくのです。
ペルソナを考えてみる、実際に声に出してみる、フィードバックをもらう─。そういう地道なトレーニングの積み重ねが、「何となく面白そう」だった発想を、「誰かのためになるかもしれない」という実感に変えてくれました。やると決めたからには、手を動かし続けることが何より大事だと思います。
訓練を継続してやらないと、いきなり魔法の杖の一振りのようには生まれてこないのかなって思います。
トレーニングを継続する上でのコツだったり、大切にしている考え方が有れば教えてください。
秋山さん:アイデアを生み出すトレーニングは、一朝一夕で成果が出るものではありません。続けるうちに、“点”が“線”としてつながってくる感覚が生まれます。
その中で私が特に大切にしているのが「まずはマネしてみる」ことです。最初から独創的なものを生もうとしたり、オリジナルにこだわりすぎるよりも、他社の成功例を取り入れながら、自分たちに合った形を模索する。それだけでも心理的障壁が小さくなりますし、議論が活性化します。
恥ずかしがらずに真似ることが、結果的に自分たちの強みに変わっていく―それが実感できています。

一緒にやれば早く行ける―自社で完結させない外部連携の積極活用

オフィスで、机の前に座って微笑んでいる女性。後ろの壁には航空機エンジンのパネルや賞状が飾られている。
現在構想を進められている事業について教えてください。
秋山さん:今構想を進めているのが、「泡立て器」から始まった“KARONEKOものづくりパーク”というプロジェクトです。きっかけは私自身の日常における「プチイラ」=ちょちょっとしたストレスでしたが、「材料が器具の中に残ってしまう些細なイライラ」をきっかけに、社員との対話を通じて、ただの便利グッズではなく、“丁寧な暮らし”や“家族のふれあい”といった価値につながる商品を目指そうと発展しました。
現在は、県内外の企業・大学と連携しながら、製品の開発だけでなく、「つくる・つたえる・つながる」をテーマにした体験型施設「KARONEKOものづくりパーク」の構想も進行中です。地域の伝統工芸やサステナブルな視点も取り入れ、単なる製造業にとどまらない、“まちづくり”に広がる可能性を感じています。
新たな事業の構想を進める中での外部連携の活用について、具体的にお伺いできますか?
秋山さん:当社はこれまで製造が中心で、デザインやマーケティングの知見が不足していました。だからこそ、社外と組むことが大前提だと考えています。
たとえば、泡立て器から着想した新構想では、デザイン面を芸術やデザインに精通した大学の学生さんと連携し、販売やPRは地域の異業種企業と協力する体制を考えています。また、能登の伝統工芸や地元ブルワリーとのコラボも視野に入れており、「自社で完結させない」ことを意識しています。
私たちは“ものづくり”のプロですが、「これはウチの領域ではないな」と思ったら、無理に抱え込まず得意な人に頼る。それが結果的に事業の質を上げ、スピードも生むと実感しています。社内にも「ないものは持ってくる」という文化が少しずつ根づいてきました。
最後に、これからオープンイノベーションに取り組もうとしている企業や、今まさに取り組んでいる企業さんに対して、メッセージをお願いします。
秋山さん:最初のアイデアって、本当に恥ずかしいものだったりします。「こんなこと言ったら笑われるかな」と思うような。でも、それを出してみると、意外と誰かが反応してくれたり、一緒に考えてくれたりします。
大切なのは、恥ずかしがらずにまず“外に出す”こと。完璧でなくていいし、むしろ未完成だからこそ、他の人と組む余地がある。私たちもまだ形になっていないことばかりですが、動きながら仲間を見つけて、少しずつ前に進んでいます。
一緒にやれば早く行ける―その言葉を胸に、これからもチャレンジしていきたいと思います。